2012年1月22日 (日)

東大 秋入学?


東大が、秋入学に移行というニュースを聞いて、「おっ?」っと聞き耳立ててしまった。

ASIJ編入で、パラオで飛び級してたのに、また元に戻されてしまったヒカルは、高校卒業が同い年の日本の友達より3ヶ月遅れてしまい、日本の大学に行くとなると、確実に一年遅れてしまうことになるのだけど、秋入学なら、そのまま秋に入れるかも?などと。
まあ、今のヒカルは大学入試など、まったく眼中になく、音楽に夢中なんで、たぶん関係のない話になりそうではあるけど。coldsweats01


それで「半年ブランクができる」だの、「その間何すんだ!」など、騒いではいるけど、なんかめんどくさいなーって感じ。
私から言わせてもらったら、セメスター入学にすればいいじゃん!って思う。つまり、4月入学と10月入学にすれば。そんでもって、大学もみんながみんな4年で卒業する必要ない。どんどん単位とって、優秀な成績おさめ、3年(場合によってはもっと早く)卒業する人がいてもいいし、4年よりもっと長くかかる人がいてもいい。会社の入社だって、全員4月って決める必要がどこにあるのかな。
欧米の大学は、ほとんど全部セメスター入学だし、中にはクォーター入学(年4回)のとこもある。つまり、年2回(4回)、新入生が来て、卒業生が出て行く。大学にいる期間だって、人それぞれ違う。それでいいんじゃないかな大学は。

私は、日本での義務教育中の留年や飛び級は反対だ。というのも、日本人は、みんな同じが普通だと思っているから、人と違うと、特別に、悪い事だとかすごい事だとか思ってしまうから。
アメリカなど、ほとんどの国では、勉強がついていけないと普通に留年する。パラオのヒカルの学校だって、同じクラスで三歳くらい年が違うのは普通の事だった。それで留年してるからって、別にみんな大して何とも思わない。
でも日本だとそうはいかないだろうな。特に、飛び級は。日本の親は自分の子供を飛び級さそうと、塾に通わせたり、家庭教師をつけたり、あげくの果てに、「うちの生徒の60%は飛び級しています」なんていって生徒を集めるような塾も出て来たりして。あ〜嫌だな〜。

まあそんなこんなで、話が飛んじゃったけど、日本の大学をセメスター制にすれば、海外の大学と足並みそろえる事もできるし、優秀な留学生や帰国生を取り込む事もできるし、半年ブランクなんて事もなくなる。また春入学で失敗しちゃった子は、秋入学で入学を勝ち取る事もできる。浪人は半年ですむ。なにもかも上手く行くように思うんだけど、まだ日本人にはそういう意識改革は難しいのかな?

アユミ

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2012年1月17日 (火)

"ASIJ"つかみはOK


1月5日に日本に戻って来て、もうすぐ2週間。いろいろバタバタしてたけど、少し落ち着いて来て、日本での生活パターンがやっと見えてきた。

abu-nourに「帰国したら、すぐに住民票を入れるように」と言われていたので、家に帰る前に八王子の市役所に行って住民票を入れたら、早速、教育委員会から、予想していた通りのお叱りの言葉が。これは、純ジャパの子供をインターナショナルスクールに入れる時に、何を言われるんだろうとみんな気がかりな事ではあるけど、実際は大した事ありません。「日本国籍の義務教育中の子供は、日本の教育を受ける義務がありますが、日本の学校に通わせるつもりはないのでしょうか?」と聞かれ、「外国生活が長く、外国の学校の方が、うちの子は行きやすいので...」と言うと、「はい、わかりました」とあっさり。これで終わり。一応、教育委員会も一言言わないといけないという事に、なっているのでしょうね。

1月9日には、ASIJのnew family orientationに行ってきた。これは、頼み込んで、abu-nourにも3泊だけ帰国してもらった。最初のorientationって大事だから、しっかり聞いておかないとまずいと思って。でも、私一人ではネイティブ英語を完全に理解する自信はなし。忙しいのに本当ありがとうね。
年度の後半から入る生徒は、小学校から高校まであわせて、40人くらい。思っていたより多いから、ビックリした。見てみた所、純ジャパは3人。ハーフジャパが1人、2人。あとはぜ〜んぶ外国人の子供。やっぱりアメリカ人が一番多い。
ヒカルは、同じ7年生に転入する、ハーフジャパのケンタ君(お父さんはアメリカ人か、イギリス人)と生まれて初めてアメリカ国外に出たというジャクソン君となかよく話してた。

それで、学校には4日通いました。もう友達とも仲良くしているみたいで、1月末の広島へのCampus Tripのために、折り鶴をみんなで折ってる。選択語学のJapaneseは、ヒカルは一番上のクラスに入って、教科書や宿題を見てみると、日本の学校の国語や社会と全く変わらない高度なレベル。歴史や地理の勉強や、作文もある。歴史はアメリカの歴史と日本の歴史を平行に比較しながらやってたりして、なんか面白い。漢字は小学5、6年生のレベルで、ヒカルにはちょうどいいですね。coldsweats01
Japaneseは毎日あって、この授業の時は、全部日本語で話すのだそう。生徒も純ジャパかハーフジャパの普通に日本人と同じように日本語ができる子ばかりで、これだと全く日本語の補習をする必要はなさそう。

前、誰かが、宇多田ヒカルのブログを読んで、「こんなに日本語で文章や漢字も書けて、自分たちが腕が痛くなるくらい練習した漢字ドリルは一体なんだったんだって思った。」って言ってたけど、ASIJのJapaneseのクラスはこれだけレベルが高いのだから、納得。もちろん、全く初めてのbasicクラスから、Japaneseに関しては、ものすご〜〜く細かいクラス分けがあるけどね。

とにかく、ASIJつかみはOKといったところです。

アユミ

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2012年1月 3日 (火)

謹賀新年

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。happy01

パラオで迎える3回目の新年。
毎日暑くて新年という感じがしません。
いよいよ明日の深夜からパラオを離れ、日本に帰国します。
実は、昨日からあんまり調子が良くない。ヒカルもちょっと疲れてる。でも、休んでられない。
いよいよ、荷造りやら、片付けやら、掃除やら、大詰めでとっても忙しいのです。
日本に帰ったら、ぶっ倒れたりして。wobbly

でも、そうもしてられないんだよな〜
帰ったら帰ったで、しないといけないこといっぱいあるし。

取りあえず、倒れないように、適当に休みながら頑張ります。

アユミ

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2011年12月23日 (金)

Live Christmas 2011

そして、21日午後6時からは、"Dewill To Live Christmas 2011 Gala"
同じ日に2つもコンサートがあると、大変。

最初、ガラマヨンのホールで開催されるって聞いてたから、ガラマヨンに行ってみたら、入り口チェーンがかかってて入れない。みんな入り口まで来て入れないから困ってて、結局、実はPCC(パラオコミュニティーカレッジ)に場所が移ったとの連絡が。
ぞくぞくガラマヨンに人がやってくるから、ヒカルとMUSIC CLUBの顧問のタマラ先生は残って、来た人みんなに「PCCだよ、PCCだよ」って教えてた。でもそのうち、親切なパラオ人のお兄さんが、「僕がみんなに教えるから、行っていいよ」と言ってくれたので、ヒカルとタマラ先生は、遅れてPCCの会場へ。
突然場所が変わるなんて、パラオらしいいい加減さ。

このLive Christmasには、PCC(パラオコミュニティーカレッジ)、PHS(パラオハイスクール)、あとはエレメンタリースクールの、マリステラ、ミューンズ、SDA(セブンスデーアドベンティスト)、G.B.ハリスが出演。小雨のぱらつくあいにくの空模様だったにもかかわらず、たくさんの人達が見に来てました。

ヒカル達、マリステラMUSIC CLUBの出番は、前半4番目と、後半4番目。前半はみんなでのコーラス曲2曲。後半は、選抜の子7人によるコーラスと、全員の楽しいコーラスで、まあ、学校のクリスマスプログラムの時と曲目は一緒だったけど、すごく良かった。楽しかったし。
最後の曲では、またまたヒカルはパーソナルマイクでロックスター風に熱唱。いや〜本当、音楽が好きな、歌うのが好きな子で、いいのか悪いのか私に似てしまった。

いずれはシンガーソングライターになりたいって、今、作曲頑張ってる。毎日、ギターばっかり弾いて、勉強がいい加減になりそうで、親としては若干不安だけど、夢が実現できるように、頑張ってね。

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アユミ

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マリステラ最後の日


12月21日は、マリステラエレメンタリースクールのクリスマスプログラムの日。そして、ヒカルの最後の日。やっぱり、最後の日って、ちょっぴり悲しい。

毎年恒例で、子供達が、歌を歌ったり、劇をしたりするんだけど、どこの国でも、親は大変。一年生の出し物の時には、5人くらいの親が、前で立って写真を撮ってて、テルマ副校長先生に、かなりきつくしかられてた。テルマ先生は厳しいから、悪い事をしたら、親でもしかられるのです。
高学年になると、親も多少は落ち着いてくるけど、キンダーガーテンや一年生の親は写真やビデオで、もう必死。
おかげで、かわいいパフォーマンスはほとんど見れずじまいでした。weep

それで最後は、ヒカル達”MUSIC CLUB”
1曲目、2曲目は、みんなでのコーラス。やっぱり、音楽が好きな子、得意な子が集まってるだけあって、なかなか上手だった。ヒカルと同じバスのパート担当の男の子は、たったの4人。テナーの男の子も、3、4人だった。もうちょっと男の子の声を充実させれば、いいコーラスになるんだけど、男の子はやっぱり、野球とかバスケの方に行っちゃうね。
3曲目は、"MUSIC CLUB"の選抜7人によるコーラス。なんと男はヒカル一人。図太い声が(ヒカルは声変わりしたみたい)よく聞こえてた。選抜だけあって、やっぱ上手いよ。

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最後は、また全員でコーラス。ダンスして手拍子しながら歌う楽しい歌で、なんと、途中からヒカルにパーソナルマイクが伸びて来た。ヒカルがソロで歌って、聞いててとても楽しかった。ヒカルも嬉しそうだった。最後の日だから、先生もヒカルにサービスしてくれたね。

毎年、クリスマスプログラムはとっても楽しみにしてるけど、今年は本当に楽しかった。いい思い出ができました。先生、みんなありがとう。

アユミ

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2011年12月17日 (土)

自然葬

まだ40代で、自分が死んだ後の事を考えるなんて、早すぎるように思うけど、私は、絶対にお墓には入らないって決めてる。それは、abu-nourにも、ヒカルにも、今からしっかりと言ってある。「もし、お墓に入れたりしたら、化けて出るぞ!とsmile

自然環境を破壊してるお墓の造成には絶対に反対。人間、自然界に生かされているのだから、自然に戻るのが当然。だから、私は、自然葬を希望してる。

自然葬っていうのは、もう、かなり知名度も高くなって来たけど、亡くなった後、火葬をして、骨を細かく砕き、海や山に散骨すること。それを実行している人も多くなっているし、法的にも、保健所に届け出をすれば、認められている。

お坊さんは「墓を建て、しっかり供養しないと、亡くなった人は成仏しないし、生きている人にも災いがある。」と言ってるかもしれないけど、インド独立運動で非暴力を提唱したガンジーの遺灰は、彼の意思の通り、ガンジス川や海に撒かれたと言うし、浄土真宗の開祖、親鸞は、「自分の死後、その体は、賀茂川の魚に与えよ。墓も作るな」と言ったと言う。
お墓や供養が、あれだけ高いお金を払ってまでも、絶対にしないといけない事なのか、私は疑問に思ってる。


私は、キリスト教の家族葬を希望していて、それを行ってくれる、キリスト教の葬儀社も見つけてある。やっぱりみなみ野の家に近い、片倉の教会がいいかな〜なんて。そこでは、骨を砕く事から、散骨までぜ〜んぶやってくれるし。

そこで、散骨なんだけど、圧倒的にみなさん、海への散骨が多いのよね。でも、海に撒かれると、なんか冷たそうで。ハハハ...。死んだ後、そんな事わかるかいな!って感じだけど、だからといって、パラオとかのあったかくてきれいな海に捲くって言うのも、多少憧れるけど、日本から遠すぎて、ちょっと寂しいし。

やっぱり樹木葬がいいな。樹木葬っていうのは、遺灰を土に埋めた後、そこに一本の木を植えるだけ。墓石も位牌も当然、戒名なんてものもない。人間、亡くなって自然に帰ったら、そのまま自然に忘れられていいんだと思う。それを寂しいと思うかどうかは、人それぞれだろうけど、私はそれでいいと思う。
四十九日だの一周忌だのそんなものもしなくていい。
一本の木を育て、緑の葉を茂らせ、きれいな空気を供給する事に貢献できる方がずっと幸せだから。

八王子市のお隣の町田市に自然葬、桜葬の墓地があるけど、むしろ墓地よりも、山か野原かどっかに遺灰を埋めた後、小さな木の苗を植えて欲しい。それで充分。

実はもう、私のパソコンの自然葬のファイルを開いてくれたら、すべて進められるように、できているのです。それも毎年見直している。準備万端。
だから、ヒカル、abu-nour。私の希望通りお願いしますね。
特にヒカルにはしっかり頼んでおこう。

アユミ

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2011年12月 4日 (日)

停電

停電、停電 ひたすら停電。

もう、一ヶ月も計画停電が続いています。しかも、うちは住宅街にあるから、なんと一日に8時間も停電するんです。朝の6時から10時。そして午後の2時から6時。
三日程、12時間まるまる停電した日があって、さすがにそれは多くの人に怒られたらしく、8時間に戻ったけど、本当大変。やっぱり途上国暮らしは楽ではないです。

クーラーがつけられないどころか、天井のファンも回らないので、涼しくて、風の吹く日は、まだ過ごしやすいけど、暑くて風のない日の地獄のような熱さ。汗かきまくり。これはサウナに入って老廃物を出しているんだと、プラス方向に考えて、頑張るつもり。

電気がないと、洗濯できない、掃除機かけられない、アイロンできない。10時過ぎに復活した時に慌ててしないといけないのだけど、だいたいそれまでにすごい暑さにずっと耐えてるから、ファンが回り始めると、もう生き返ったようにしばらくぐったりしてしまう。本当困ったものです。

しかも、この計画停電、12月末まで続くとの事。もっと続くのではないかと言う噂も。たぶん、私たちが日本に帰国する時までに復活はないだろうな。このサウナの中、引っ越しの準備をしないといけないって事だよね。大変。

ということでブログも書いていませんでした。電気がないと、インターネットも使えない。テレビも見れないし。実はイベント盛りだくさんだったんだけど。

まあ、仕方ない。
ブログはしばらくお休みになりそうです。

アユミ

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2011年11月 1日 (火)

次の学校

 取りあえず。と、願書を送ってあった、アメリカンスクールインジャパン(ASIJ)から、昨日返事が来て、ヒカルは1月から、アメリカンスクールに編入できる事になりました。
 
 帰国子女でも、日本人は寄付金を積まないと入れてくれないとか、いろいろ聞いてたけど、これは単なる噂だったのかな?
 まあ、ヒカルのような、もうすぐ13歳で、海外生活、10年半なんてのは、帰国子女の中でも、珍しいと思うし、4つの国渡り歩いてるなんてのも、あんまりいないだろうけど。
 
 ヤッター!これで、宇多田ヒカルの後輩だ〜〜!!な〜んて喜ぶ気にもあんまりなれない。

 アメリカンスクールでの査定の結果、パラオでの飛び級は全く認められず、7年生に編入する事になった。まあ、これは予想していた事ではあるけど。確かに、パラオの学校のレベルは、アメリカ本土に比べると、ずっと低いから、ヒカルも納得してる。

 ヒカルは新しい学校に、胸膨らませているんだけど、実は、不安なのは私。

 今回は、ちょっと長めに日本にいる予定で、でも、abu-nourはその間、一人で、海外に働きにいってしまうと思うから、アメリカンスクールでの、先生やカウンセラーの方達との話しは、全部私がしないといけないのです。ヒカルの友達のお母さん達との付き合いもありそうだし。
 アメリカンスクールの生徒は、ほとんどアメリカ人で、日本人は2%くらいだっていうし。しかも学年が上がる程、日本人はいなくなってくる。これは、私にとっても、かなりチャレンジングな事になりそうです。

 でも、頑張んないとね。

 日本帰国まで、あと2ヶ月です。

 アユミ
 

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2011年10月 1日 (土)

Belau Fair

昨日は、パラオの独立記念日。パラオ共和国は、17歳になりました。まだまだ若い国です。
そして、一年に一回のお祭り。ベラウフェアの日です。

ベラウフェアは、毎年恒例の各国パレードから始まります。
ヒカルは、補習校の最高学年で、今年でパラオも最後という事から、旗手を勤めさせてもらう事になり、張り切っていたのだけど、残念ながら、朝からの大雨。パレードは8時開始だったのに、8時になっても全く降り止まず。みんなテントの下とか、お店の屋根の下で、雨宿り状態。8時半になって、雨がやんだので、出発できるかと思ったけど、各国大使や大統領、大臣の方々で、まだ到着していない方がいるという事で、しばらく待つ事に。それで、9時くらいになって、やっと出発。やんでたのにまた雨が降り出しちゃったよ〜。

結局、雨にぬれながらの行進。そして、大統領や来賓の方々の前で、3分間スピーチ。
実は、3分間スピーチをしないといけないと聞いた時、abu-nourが焦っていた。今、abu-nourは補習校の校長先生をやっていて、毎年、日本の行進は、補習校の子供達を中心に行っているので、校長先生スピーチお願いします。と言われるのではないかと思っていたのです。でも、大使館の人が話してくれるという事で、一安心。abu-nourは日本ブースでの白玉ぜんざい作りの方に、いざ参上。

結局、パレードが終わったのは、9時半近く。あわてて、白玉作りの手伝いにいったんだけど、もう白玉は出来上がっていた。私、何にもしてないや。人手が足りないと聞いていたけど、何人かの人が手伝いに来てくれて、人手も十分だったみたい。

さて、パレードの後は、日本ブースのお手伝い。お習字、算数数え歌、計算競争など、子供達に大盛況の催し物のあと、11時半から、白玉ぜんざい配り。110皿が30分足らずで、あっという間になくなった。

それで、午後から、私は風邪気味の上に雨にぬれまくったので、熱を出してはいけないという事で、家に帰って休ませてもらった。学校の友達と遊びまくっているヒカルは、ベラウフェアの会場に置き去りにした。それで、7時からの打ち上げに参加して、楽しい一日は終了しました。

今年のベラウフェアは、天気が悪くて、ちょっと残念だった。でも、たくさんの人手で、パラオの人達も本当に楽しみにしているのだなと実感。3年連続で参加させてもらったベラウフェアも今年で最後。
パラオでのとってもいい思い出になりました。


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アユミ

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2011年9月 6日 (火)

カープアイランド

 9月4日、5日は、カープアイランドに、泊まってきました。

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 数時間の滞在ならあるけど、泊まりは初めて。泊まってみると、ほんとーにいい。のんびりできて。
普段の生活では、いろいろする事があって、なかなかゴローっと、何も考えずにのんびりできるなんてないもんね。

 4日の朝8時頃、カープアイランド往きのボートに乗り込んだ時には、あいにくの大雨。「せっかくのカープアイランドなのに、これはついてないなー」って思ったけど、ボートで進むうちに、だんだんと雨は小降りになって来て、カープアイランドに着いた時には、天気はよくないものの、雨はほとんど降っていない状態。

 それで、ヒカルとabu-nourは、ウェットスーツを着込み、ダイビングに出発。私は、宿泊するサンライズコテージで、ちょっとゴロゴロしてから、海岸に行って、ハンモックに揺られながら、本を読んだり、音楽を聴いたりして、ゆったりと至福の一時を過ごしました。

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 カープアイランドでの、お昼は、セットランチ。ブルコギ風の焼き肉が結構おいしかった。それでまたビーチでゴロゴロしていると、2時くらいにabu-nourとヒカルが帰って来た。魚はいっぱいいたけど、残念ながら、マンタは見れなかったって。

 それで、少し休憩してから、今度は、ジャングル探検。往復45分くらいの道のりを、頑張って歩いてきました。散歩みたいに、気軽に行けるのかなーと思い、ビーチサンダルで行ったら、思っていた以上に険しい道のりだった。でも、ストーンマネーの所も、終点のビーチにも、行く事ができて、大満足。途中にあった、バオバブの木が嬉しかった。星の王子様に出てくるもんね。

 夜は、サンライズコテージで就寝。カープアイランドは、星がきれいだって聞いていたので、期待していたけど、残念ながら、雲が多くて、星はあまり見れなかった。でものどかで、潮風が心地よくて、快適な夜でした。

 次の日は、またまた朝から、ハンモックでのんびり。ヒカルとabu-nourは、前の日のダイビングとジャングルの疲れからか、なかなかコテージから出てこなかったけど、ゆっくり起きだして来て、桟橋の所で釣りをしていた。残念ながら、収穫はゼロ。

パラオ人の家族が、女の子の14歳のお誕生日パーティーをしていたので、ケーキをごちそうになったりして、ゴロゴロしたり、海で泳いだりしているうちに、コロールに帰るボートの出航時間、3時になり、カープアイランドを後にしました。

帰りは、天気がよかったので、ボートから青い海やマッシュルーム形の島々を、堪能できました。
パラオの海はホントーにホントーに奇麗。

カープアイランドは、日常を忘れられて、すごくいい所でした。旅行の時間をめいっぱい楽しみたいという方には、お勧めできないけど、とにかくきれいな景色と海を眺めながら、日がな一日、のんびりしたいという方には、絶対おすすめです。

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アユミ

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